2021.10.02ブログ
第53回 脂質摂取と糖代謝、たんぱく質代謝の関係
スポーツ栄養学において、北米の栄養・スポーツ医学関連団体が示した「脂質摂取」の公式見解は以下の通りである。
・脂質摂取は、一般人向けの食事摂取基準値を参考にしつつ、個別化が必要である。
・減量で脂質摂取量をへらす場合でも、総エネルギー比の20%未満とならないようにする
※なお、本レポートでは低糖質・高脂質食について「メリットも報告されるが、必ずしも推奨される食事ではない」という考え方を示している。
(2016年発表「Joint Position Statement:Nutrition and Athletic Performance」より)
糖質、たんぱく質と比べて特筆すべき項目は少ない。そのなかから、脂質摂取が糖質、たんぱく質それぞれの代謝に与える影響を考えていきたい。
(1)運動(長距離走)と糖代謝(および脂質代謝)の関連
吉岡らは、19歳〜23歳の健康な男子学生(長距離選手と一般学生)を被検者として、長距離走(3,000〜20,000m)を実施時の血糖値、血中遊離脂肪酸濃度の推移を測定(速度は全力走に近い形とした)。
すると、ランニング初期では血糖値は安静時よりも上昇。この状態は、長距離選手では10,000m以上まで、 一般学生では1,000〜2,000mまで続いたことが確認されている。ランニング距離を延長すると、血糖値は安静時の値の53〜90%に減少した。
安静値を100とした場合の血糖値の推移
①一般学生
・2km時点 110〜120
・5km時点 64〜91
・10km時点 58〜72
②長距離走選手
・10km時点 123〜174
・20km時点 53〜93
一方で、血中遊離脂肪酸濃度は運動によって上昇。血糖値が低下するにつれ、血中遊離脂肪酸濃度は相補的に上昇した。ランニング初期においては、血糖値と血中遊離脂肪酸濃度は共に上昇し、それぞれの相補関係は認められなかった。
これにより、ランニング初期の血中遊離脂肪酸濃度上昇は、その後起こる血糖値低下の備えとしての役割があると考えられ、血糖値低下時点から糖質に代わるエネルギー源として、脂質が代謝されていることが伺える。また、運動実施者は非実施者と比べ、血中へ動員される糖質量が非常に多く、該当する運動(研究では長距離走)での適応性が備わっていると考えられる。
(2)糖代謝との関係
体内に貯蔵されている筋・肝グリコーゲン)は,脂肪よりも非常に少ない。特に筋グリコーゲン減少・枯渇は筋疲労、パフォーマンス低下にも直結する。トレーニング・試合直後や次の運動までに、筋グリコーゲンを速やかに回復させることが重要である。糖質摂取では同時にたんぱく質も摂取すると、インスリン分泌量の増加→筋グリコーゲンを促せるとされている。
1)糖質、たんぱく質の同時摂取と消化管ホルモン
糖質、たんぱく質の両栄養素を摂取すると、消化管(主に小腸など)からホルモン(GIP、GLP-1)が分泌され、高血糖状態において膵臓からのインスリン分泌を増強する効果を発揮する。
2)GIPと脂質摂取
脂質を摂取すると、GIP分泌が刺激される。寺田らがマウスで行った研究では、糖質だけを投与したマウスよりも、糖質+脂質(食用油)を同時に投与したマウスの方が、GIPおよびインスリンの分泌が刺激され、運動後の筋グリコーゲン回復も促進されたという。
3)スポーツ現場での脂質(糖質)源
スポーツ現場における、すぐれた脂質源として挙げられるのが牛乳である。牛乳はたんぱく質(消化管ホルモンの分泌を刺激)と、乳脂肪を多く含む。糖質源と同時摂取することで、筋グリコーゲンの回復が促進を期待できる。
寺田らが、走行運動終了後のマウスに糖質・牛乳の混合溶液を投与した場合、糖質のみの群よりもGIPおよびインスリンの分泌が増加。血糖値の低下、筋グリコーゲンの回復促進効果が得られた。健康な女子大学生を行った検証でも、ほぼ同様の効果が得られたという。
4)たんぱく質と脂質のどちらがより重要か
同研究では、走行運動後のマウスを2群に分け、それぞれ以下の栄養を投与し筋グリコーゲンの回復促進効果を検証した。
①乳脂肪を含まない無脂肪牛乳と糖質を投与
②糖質と有脂肪牛乳の混合溶液を投与
すると①では、GIP およびインスリンの分泌応答が減少、筋グリコーゲンの回復促進効果が得られなかった。筋グリコーゲン回復促進効果については、有脂肪乳+糖質摂取の組み合わせが望ましいと考えられる。
(3)たんぱく質代謝との関係
1)中鎖脂肪酸油による筋たんぱく分解抑制
また別の研究では、オフシーズンの大学レスリング選手を2群に分け、それぞれに2種類の食事を2ヶ月間提供。
①調合サラダ油を1日約5g使用
②中鎖脂肪酸油を1日約5g使用
①の群では、Bモード超音波で体組成を足底すると、筋厚が減少傾向にあった。一方②の群は、筋厚が維持された。この結果を受け、実験動物の廃用性筋萎縮モデルを用いて、中鎖脂肪酸油の研究を実施。
ラットを2群に分け、どちらも一方の後肢をギプスで固定。意図的に廃用性筋萎縮を発生させ、3〜14日間その状態を維持した。このとき、それぞれの群に以下の食事を摂取させた。
①長鎖脂肪酸油配合の飼料を摂取
②中鎖脂肪酸油配合の飼料を摂取
①の群では、固定した後肢で抗重力筋のヒラメ筋で筋重量および筋たんぱく質量の顕著な減少を確認。②の群では、廃用性筋萎縮が一部抑制されていた。①では※MuRF-1という酵素量が増えていたのに対して、②ではその増加が観られなかったという。
※MuRF-1(E3ユビキチンタンパク質リガーゼTRIM63)
ユビキチン-プロテアソーム系と呼ばれる、たんぱく質分解系で重要な役割を果たす酵素。
中鎖脂肪酸油の摂取は、MuRF-1の発現抑制により、筋たんぱく質の分解、廃用性筋萎縮を一部軽減している可能性があると報告された。筋合成の促進や分解抑制では、たんぱく質に加えて中鎖脂肪酸油を摂取することで、廃用性筋萎縮をより効果的に抑制できると言える。
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