2021.10.16ブログ
第55回 ケトン食とパフォーマンスへの影響
体内のケトン体濃度上昇を目的として行う、超低糖質・高脂質食の食事を「ケトン食」と呼ぶ。ケトン体とは、アセトン、アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸の総称であり、肝臓で生成されて脳、心臓、骨格筋のエネルギーとして活用される。明確な定義は定められていないが、一般的に「1日の糖質摂取量が20〜50g未満とする」か「糖質の1日あたりの摂取エネルギー量を5%未満にする」という考え方で食事内容が提案されることが多い。
(1)メリット
1)体重調整(減量)
一般的に、ケトン食で糖質摂取量が減ることで、インスリンの分泌が抑制され、体脂肪の合成・蓄積が阻害される。それにより、体脂肪=体重の減少につながると言われる。しかし、低糖質食による減量効果は、それほど大きくないという研究も多い。
それよりも、糖質より脂質のほうが消化に時間がかかる=胃に長くとどまることで空腹感を覚えにくくなり、食欲が抑制される(摂取エネルギーが減り体重が減る)効果のほうが大きいと考えられている。これにより、運動中の糖質摂取の頻度も下げられ、腹痛や胃の不快感を抑制できる。
2)運動中の活性酸素発生ならびに筋へのダメージ低下
脂肪酸の代謝産物であるケトン体の方が、より少ない過程で代謝されエネルギーとして活用される。ケトン食の継続は、脂質をケトン体の形で利用できるようになっていくため、トレーニング中の活性酸素の発生が減り、疲労軽減や筋回復が早まるといった報告が確認されている。
(2)デメリット
1)長期間かけて順応する必要がある
身体が効率的にケトン体を利用できるようになるまで、少なくとも数ヶ月の継続が必要となる。ケトン食を開始して数週間は、むしろ疲労を感じやすい。
2)糖の吸収・利用効率低下
極端に糖質摂取量を減らすケトン食では、糖質をエネルギーに利用する効率が低下する。高強度の運動では、単位時間あたりのエネルギー供給量に優れる糖質は、重要なエネルギー源である。高強度運動種目の選手において、ケトン食はパフォーマンスの低下が懸念される。
糖質摂取量が減ることで、糖質の吸収能力も衰える。実際にケトン食を実施しているアスリートのなかには、糖質の吸収力低下に伴う腹痛等の胃腸系の問題に直面する選手もいる。
(3)検証
1)自転車競技の選手に対する検証
McSwineyら(2018)は高糖質食を行っていた選手に対して、12週間ケトン食を摂取させた。この間、選手には体重・体脂肪の減少が見られたという。摂取後に行われた100kmタイムトライアルでは有意差が6秒間のスプリントテストと※クリティカルパワー・テスト(CPT)において、パワーウェイトレシオ(自動車などの加速能力に関わる指標として用いられる数値)が増加したという。
※クリティカルパワー(CP)
特定の持続時間(単位:分)あたりの最大平均ワット数のこと。体力の客観的な指標のひとつとなる。
2)体操選手のコンディショニング
Paoliら、アスリートがケトン食、パフォーマンスを維持しつつ体重を減らすことができると主張。21歳の体操選手を対象とした研究では、30日間のケトン食で脂肪量が1.9kg減少し、筋肉量と筋力パフォーマンスのいずれにも変化が見られなかった。これらの結果から、ケトジェニックダイエットは、筋肉量とパフォーマンスを維持しながら体重を減らすための有効な戦略であると考えられる。一方で、体重調節と共にパフォーマンスの向上も期待できる戦略がより望ましいと結論付けている。
(3)ケトン食の効果の是非
ケトン食のパフォーマンスへの影響は、多くの研究がなされているが、パフォーマンスに好影響だったものから、悪影響となりかねないと結論づけるものまでさまざまだ。しかし、以下のような意見が共通して聞かれる。
・ケトン食の効果を十分に発揮するには、長期間ケトン食を継続する必要がある。短期間のケトン食実施は、むしろコンディションの悪化につながりかねない。
・ケトン食による糖代謝の抑制は、高強度運動種目のパフォーマンス低下につながりやすい。一方で、長時間運動種目のパフォーマンス向上は多くの研究で確認されている。
ケトン食に十分適応することができれば、持久走をはじめとした長時間運動種目で恩恵を得られやすい。一部研究では、より過酷な環境に身を置く兵士に、ケトン食が有効なのではという観点で検証が行われている。体重調節の効果も注目したいが、一方で糖質を摂取しつつ安全に減量できる手法も現在は確立されているため、あえて一定期間高脂質食(ケトン食)実践する必要があるのか?という議論も存在するため、安易にケトン食を勧めることは裂けるべきだろう。
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