2020.12.06ブログ
第14回 食事学と日本人の食生活の変化
食事学(食養学)とは、生きる知恵であり、生きる力そのものでもあります。「嗜好に溺れず、理想を追わず」これが食事学実践における極意です。
食べ物は、未来への自己投資であり、食べ物を粗末にすることは、自分自身を粗末に扱うことでもあります。
現代は、食のめまぐるしい状況変化という社会背景から、様々な問題にひんしています。政府は一刻も早い食育の普及が必要であると判断し、2005年には食育基本法が制定されました。
食事学と食育
食育基本法では、食育を次のように位置付けています。
・食とは、生きるための基本であって、知育・徳育および体育の基礎となるもの
・心身の成長および人格の形成に大きな影響をおよぼし、生涯にわたって健全な心と身体を培い、豊かな人間性をはぐくんで行く基礎となるもの
そして、国民の健全な心身を育み、人間性を育むための食育を総合的・計画的に推進することとなりました。
総務省によると、2008年に得られる食の情報量は、12年前の637倍にも膨れ上がりました。この情報量の増加に対して、正しくない情報も山積します。そのため、一般消費者が正しく取捨選択することが、非常に難しくなりました。
日本の健康の現在
現在、日本は国民の約50%が悪性腫瘍に罹患し、毎年37万人が死亡しています。それに続いて、心疾患で20万人、肺炎・脳疾患でそれぞれ12万人ずつの死者が、毎年出ています。
厚生労働省が行う「患者調査(平成26年)」では、脂質代謝異常症患者が206万人(男性60万人、女性147万人)、高血圧が3,000万人、糖尿病が1,600万人以上という数字が報告されました。
国家予算のうち、医療費は個人・国の負担を合計すると約30兆円。ここに介護費を含めると、年間50兆円を超えます。もはや国家の税収に迫る数字が、毎年医療・介護で消費されている時代なのです。
食生活の変化と弊害
このように体調不良・病気を持つ人が増えた大きな一因は、食生活の変化だと言われます。具体的には、日本古来の伝統食から、肉・小麦・乳中心の欧米文化への移行です。
日本人の伝統食は玄米菜食が中心で、味噌や漬物といった発酵食品や、大豆などの植物性たんぱく質を摂るのが基本でした。
過食による肥満は、様々ながんの危険因子の1つに挙げられます。肉食はもちろんのこと、パンやパスタ、うどんの小麦軟色、レトルト食品、ハム・ベーコン・ソーセージといった加工品をたくさん食べることで、がんのリスクが高まってしまうのです。
昭和30年の摂取量と比較すると、動物性食品の肉は15倍、卵は12倍、牛乳は25倍にまで増えています。しかしながら、米の摂取量は0.5倍、じゃがいもは0.3倍、サツマイモは0.03倍と、植物性食品の摂取量は激減しているのが現状です。
また、エネルギー摂取量に占める脂質エネルギー比は、1960年には10.6%だったのが2015年には25.9%と、約50年で2.5倍も増加してしまいました。
日本食の歴史と健康
西欧人から見れば粗食と見える日本の伝統食が、実は身体壮健な日本人を育てる源泉だった。これを証明する話は、非常にたくさんあります。
江戸時代。鎖国から開国して当初は、日本人は西欧人や現代の私達も驚くほど、健康で頑強な体をしていました。背丈は小さいながら、体力レベルは西欧先進国の水準を遥かに超えていました。
1539(天文18)年、フランシスコ・ザビエルは日本人の食生活について、こう書き遺しています。
彼らは時々魚を食膳に供し、米や麦も食べるが少量である。ただし野菜や山菜は豊富だ。それでいてこの国の人達は不思議なほど達者であり、高齢に達する者も多数いる。
フランスの外交官、リュドヴィック・ド・ボーヴォワールは、世界一周の途中だった1867(慶応3)年に日本へ立ち寄り、35日間滞在。その時の様子を、「ジャポン1867年」で書き記しています。
彼は日本国内を馬で旅し、初日に63kmの道のりを走った際、馬に付き添った別当(馬丁)についてこう書いています。
その間中私は別当を見て飽きることがなかった。
彼はその友である私の馬に、困難な箇所のたびごとに、咳き込んだ小さな掛け声で予告しながら、私の前をまるでカモシカのように敏捷に走った。
日本では馬に乗る者は、馬の好敵手となるこの筋骨たくましくも優雅な肢体の、忠実で疲れを知らぬ走者が絶対に必要であり、これらなくしては決して冒険を冒さないようである。
『アラマド』(これが私の新しい従者の名前である)は、実際この長い一日の間、四六時中我々の速い走行の伴をした。
ある茶屋で馬からおりると、彼は直ちにその場にいて馬の世話をし、冷たい水を鼻面にかけ、いんげん豆の飼料を少し与える。
この男の軽い足が地面にほとんど触れるか触れないかといった様をどんなにお見せしたいことか。
1877(明治3)年年、ダーウィンの『進化論』を紹介し、大森貝塚の発見したエドワード・S・モースもまた、3度来日した様子を『日本その日その日』に書いています。
ホテルに所属する日本風の小舟が我々の乗船に横づけにされ、これに乗客の数名が乗り移った。
この舟というのは、細長い、不細工な代物で、褌だけを身につけた三人の日本人・・・小さな、背の低い人たちだが、おそろしく強く、重いトランクその他の荷物を赤裸の背中にのせて、やすやすと小舟に下し、その側面から櫓を操るのであった。
七台の人力車を一列につらねて景気よく出立した。車夫の半数は裸体で、半数はペラペラした上衣を背中にひっかけただけである。
確かに寒い日であったが、彼等は湯気を出して走った。
時々、雨が止むと幌をおろさせる。車夫たちは長休みもしないで、三十哩(約50km)を殆ど継続的に走った。
モースはこれ以外にも、利根川を船でおよそ100km下った時、たった一人の日本人がずっと櫓を操っていたことを記しています。
体格と文明で遥かに勝る西洋人が、日本の文化・食文化と日本人の体力に驚嘆するさまを残した書籍は、この3名以外にも多く存在します。
日本古来の素晴らしい食文化は、多くの文化・芸能・運動(スポーツ)の礎になっているのです。
食生活の変化、がんの変化
日本人のがんといえば、ひと時代前は胃がんが主流でした。しかし胃癌による死亡は、1960年頃から減少を見せ始めます。現在、男性のがんでもっとも多いのは肺がんです。
ここには、食生活をはじめとする日本人の生活様式の変化が、一因にあるのではと考えられます。特に大きいのが冷蔵庫が普及して、塩蔵品や干物などの塩辛い食品を食べなくなったことです。
また胃がんの割合が減ったというものの、日本人全体のがん死亡者数、死亡率はともに増加し続けています。なかでも顕著なのは、膵臓・乳房・大腸・前立腺がんなどです。
これらのがんは、食事の急速な欧米化に伴って増え続けていることから、「欧米型がん」とも呼ばれています。欧米型がんの原因は、肉・乳製品に多く含まれる、動物性たんぱく質や脂肪の摂取量の増加。米離れによるでんぷん性食品の摂取量減少などが挙げられます。
脂肪摂取量は、1950年頃は1日平均約18gでした。それが1998年には、約60gと激増しています。こうした脂肪の摂取量の増加、欧米型がんとの間には、深い関係があると考えられています。
日本人である私達にとって、欧米型の食生活はまだ100年未満の浅い歴史しかありません。美や健康を追求したいのなら、今一度食生活を見直す必要があるのかもしれません。
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